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想像力を丸投げしない
こんばんは。咏喋です。
ここのところドラクエXIの話ばかりであれだけれど、今日もドラクエXIの話。
今までのイベントを振り返って思うのだけれど、こう、没入感があるのよ。余計なことを考えずに夢中になれる魅力。それは純粋に物語の面白さでもあるだろうし、巧みな演出に依るところもあるだろう。そんな中でひとつ思い当たったこと。声が無いっていうのは、案外没入感を補強するのに一役買っているのではないか。

PS4の、今時のゲーム。当然映像表現は洗練されている。イベントの演出も抜かりない。しかし、どんなに派手なイベントであっても、キャラの台詞はポポポポポ……という音と共に文字で表示されるのみ。時代遅れだと批難されても文句は言えない部分だと思う。けれど、これはこれで一つの表現方法として見事に成立している。仮に声優を起用したところで、必ずしも文字表記による演出の上位互換になるとは思わない。例えそれがどんなに見事で、非の打ち所が無い演技であったとしても。

声優を起用してのフルボイスなど、もはやいちいち意識しないくらい当たり前となった時代だからこそ、洗練された映像と頑ななまでの無声という落差が見事な味わいを生み出している。いわば動く漫画。声付きが当たり前のアニメとはまた違う、ほどほどに想像の余地を残した新鮮な楽しみ。どんな声なのか、どんな語気なのか……これを声優の演技に固定されず想像できるのが思いのほか楽しい。想像の余地がある分だけ、目の前の映像が”見せられているもの”ではなく”自分のもの”になる。これは機器の性能が向上するほどに捨て置かれてきたゲームの魅力。

そんなに想像の余地が欲しいのであれば、ドット絵に回帰した3DS版で遊べばいいと思われるかもしれない。もちろんそれはそれで楽しめると思う。けれど回帰はあくまでも回帰、過去の再現に過ぎない。PS4の映像表現に旧態依然とした無声……という組み合わせは、ある意味とても斬新なものであり、単なる回帰とはまた違った新鮮味を与えてくれる。
ドラクエ以外にあえてこんな演出をするゲームはなく、ドラクエでなければ許されないだろう。そういう希少性も含めて、独特な味わいを醸成していると思う。

もしも完全フルボイスでイベントが進行していたら、きっとここまで没入できなかったと思う。冗談めいた場面でもあまり笑えなかったと思う。想像の余地がなく、ただ見せられているだけのイベントになってしまうから。
もちろん声優の演技で更に素晴らしいイベントになる可能性だってあるのだけれど……それは他のゲームに任せればいいかなって。ドラクエにしか許されない、ドラクエだからできる表現であり、その方針が魅力を削いでいたら本末転倒だけれど、実際には確かな魅力があるのだもの。これを素直に楽しまない手はない。
声が付いていない!時代遅れだ!という批難は真っ当なもの。しかし、今時当たり前という先入観に支配されるあまり、目の前の魅力に気付けないのだとしたら、それはちょっと寂しいことだと思う。

あと。これは自分の思考回路に問題があるのだけれど、誰かしら声優が起用されると、どうしてもその声優の顔や名前や、或いは同じ声優が演じている別のキャラがちらついてしまうのよ。つまり余計なことを考えてしまって、純粋な物語として楽しめなくなる。
かといって、顔も名前も知らないような声優を持ち出されても、それはそれでまた要らんことを考えてしまう。どうしてこの人が起用されたのだろう、他にどんな実績があるのだろう……とか。こういうことを気にする人は、多数派とは言わないまでも少なくはないはずなので、そういう意味でも無声には強みがある(

今後……少なくともPS4で、完全無声のゲームにお目に掛かることはないと思う。ので、ドラクエXIは貴重な体験として大切に楽しみたいと思った次第。
ドラクエといえば思い出と共に語られることの多いゲーム。何年か経って、この思いをどのように振り返るか……それもまたひとつの楽しみ。懐古厨とでも何とでも呼びたまえな。ドラクエは懐古が許される場所なのだもの。

さて随分長々と語ってしまった。
今日はもう寝て、明日続きを遊ぶとする。

それでは、失礼致します。
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